2025年3月某日
2026-01-01
第70回

2025年3月某日-番号が登録されていない発信者から、仕事用の携帯電話を鳴らした。普段は、まず応対することはないが、その時は何故か着信を受けてしまった。かけてきた相手は、「ハヤシザキ」と、名乗った。 ?…「林崎」とは-『しんよこはま-丸』初代船長の苗字だ。訃報を知らせる-ご子息からの連絡だった。「~自分に何かあったときは、連絡してほしい…」数名の一人が自分だった。
『しんよこはま-丸』は、2001年(平成13年11月)-「何かがかわる!」-その思いを乗せて出港した。船長の指針は『断るな!』-ただそれだけだった。 無言の再会-数日後、自身-救急搬送(冠攣縮性狭心症) 2026年-どう生きていくか。

2025/3/18(火)朝~冠動脈(心臓)冠孿縮性狭心症の発作を起こし 心筋梗塞…で~救急搬送され、(横浜労災病院)のICUに22(土)迄居りました。2回のカテーテル術&ステント留置25(火)に退院し、4/3(木)迄自宅療養。
退院に際し・・・酸素吸入、数本のチュウブ、心電図につながれ、沢山の処方された服薬により、複数の内臓に数値的な異常が見られたため、あと1.2か月の入院を勧められましたが~懇願し、退院となりました。退院~10日後の検査-レントゲン、CT、エコー、心図、尿、血液検査を全てクリアしましたが、頻繁な定期通院、服薬、食事[脂質・塩分制限]・アルコール節制、-15㎏減量強いられた。
4/17に、今年度末退職を~会社に伝えた。本当は、3/18に伝えるつもりだった。
運動-減量のため休日は、専らウォーキング。


*小学校の遠足以来-半世紀ぶりの、伊勢山公園からの江の島。いざ、江の島へ
*鵠沼海岸到着…


2026年-どう生きて行こうか。
【萩原 岳】